本当のリア充ってこういうこと

リア充と非リア充の違いとは?
大学生のリア充と非リア充はどこに違いがあるでしょうか。
大学生のリア充と言えばウェーイ系というか、常に大勢とつるでは騒ぎまくっている人たちのことを言っていることがほとんどです。
ですが最近考えるのが、果たしていつも誰かとつるんでワイワイやっているのが本当の意味で「リア充」かということです。
そう書くと「負け惜しみ乙」とか思われそうですが、僕自身が入学当初にとにかく一人になりたくなくて人に話しかけまくってどんなイベントにも参加しつづけたという経験があっての正直な感想です。
誰かと一緒に遊んでいる時は確かに楽しいし寂しさを感じることもないのですが、逆に面白くもないようなことでも大げさにリアクションをしなければいけなかったり、場の雰囲気によって自分のキャラを作らないといけなかったりします。
僕も最初は自分を作っていろいろな人に好かれようとしてきましたが、ある日ふと「そこまでして人に好かれることに何か意味があるんだろうか?」とふと思うようになってから「反リア充のすすめ」を自分の中に持つようになりました。
断っておきますが、だからといってやたらと誘いを断ったり友人に対してつっけんどんな対応をしているというわけではありません。
自分の体力や金銭に余裕がないときには無理に付き合わないようにしたというだけのことです。
自分の時間も友人との時間同様に大事にする
僕が今考えている「リア充」というのは、友人と過ごす時間だけでなく自分ひとりで過ごす時間も大事にすることができる状態のことです。
例えば友人たちと一緒に飲み会で我を忘れて騒ぐというときも楽しいですが、一方で日曜の午前中にお気に入りのカフェに言って大好きなモーニングを食べているという時もまた同じくらいに楽しい時間です。
そもそもとして「リア充」というのは「リアルの世界で充実」なので、自分が充実しているという実感を得ることができればその瞬間にリア充はできあがるということになります。
それと僕が昔から好きじゃない考え方として、友人や恋人との付き合いのために勉強時間を少なくしても構わないということがあります。
僕は将来勉強した工学の知識を生かした就職をしたいと思っていますし、そのためにきちんとすべき勉強はしておきたいと思います。
これまでは友人たちから飲み会や遊びに誘われたときに「勉強したいから」と言って断るのは悪いことのような引け目があったのですが、現在でははっきりそうとは言わなくてもやんわりと断ることができるようになりました。
友人の数は入学当初よりも減ったようにも思いますが、あまり気の合わない人と無理に一緒にいるよりは今の状態の方がよいと感じています。
大人になるための「一人飯」
僕の好きなドラマに「孤独のグルメ」がありますが、あんなふうに一人でも十分に楽しんで食事ができるようになったら楽しいだろうなと思ったりします。
入学当初のリア充恐怖症だった頃の僕といえば、学食で一人でご飯を食べるのにもドキドキして周りに誰もいないで食べていると「あの人友達いないんだ」と思われるんじゃないかとほとんど味がわからない状態で食べていました。
一人で街に買い物に行ってみると一人で食事をしている人は男性にも女性にもたくさんいて、よく平気で味わえるなと思ったりもします。
僕が今目標にしているのが、一人でも堂々と食事をすることができる「大人の一人飯」ができるようになるということです。
とりあえずファストフードやラーメンのカウンターくらいならできるようになりましたが、そのうち一人焼肉なんかにも挑戦をしてひとりリア充になるための特訓をしてみたいと考えています。
